例えば漫画作品の流行において作品の面白さはあまり関係無い、なぜなら、流行しているという状態は普段あまり漫画を見ない人も見ているという状態で、そういう人がなぜその作品を見るのかというとその作品がほかの作品に比べて面白いからでは無く、単にそれを他の人から教わったから見てるとかそういう状態
つまり、流行はどれだけ他の人に教えたくなるかとか共有したくなるかとかの方が重要
鬼滅の刃が流行ったのはタイミングが良かったから
アニメ化されたタイミングで鬼滅の刃を知った人たちが原作を読むと丁度話が面白い所だったのでSNSへの投稿などでその感想などが多く出回った(たぶん)
それでさらに流行った
まあ、もちろんそれだけではない
作品は雰囲気が重要、それは作品が面白いかどうかは作品の中身を見なければ分からないが、作品の雰囲気は表紙やタイトルなどで分かる
和風という雰囲気は、良かったと思う
雰囲気は現実から少し離れている方が良い、しかし、遠すぎないように親しみがあるというか何か分かるものである方が良い
あの和風の雰囲気というのは、近すぎず遠すぎずで丁度良いと思う
あと、いつの時代も(特に)若者には少し暗い雰囲気というか悲しい話とかの方がうける
実は悲しい物語はポジティブな効果をもたらすらしい、悲しい物語も大抵の物語は最終的に良い結末を迎えるというかうまく解決するので、希望の物語とも言えるからかもしれない
成長し、社会や物事を知るたび、様々な悲しさも覚えますが、悲しい物語は共感して慰めてくれたり希望を提示してくれたりするんですね(この辺適当)
あと、鬼滅の刃が流行った理由考えさらに言うと
今現在はコロナ下で娯楽が減った為、新たな娯楽として普段漫画やアニメを見てなかった人たちも見るようになった、その時どの作品を見るか選ぶとなれば当然今もっとも流行っているものを選択するだろう
これがさらにダメ押しになっている
で、流行というのは社会の中で起きる
社会というのは世界社会、日本社会、地域社会など色々ある
最近はSNSが普及し、一つ一つのSNSが巨大な社会になっている
そして、代わりに小さな社会が減ってしまった
小さな社会での流行、小さな流行が減ってしまい
代わりにとても大きな社会での流行、大きな流行が増えた
流行が極端になっている
小さな社会が減ると色々問題がある
昨今、社会的弱者がよく問題になっているのも、社会が一つの大きな社会になりすぎたというのが原因の一つだろう
社会はゾーニングされた方が良い
それぞれ趣味嗜好価値観が異なる小さな社会があって、それらがゆるく繋がるというのが、良い世界だと俺は思う
現在は、繋がりすぎた
グローバル社会化は、価値観の戦争だと思う
こんなオチで良いのか?思った事の話でした。(雑)
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